薩摩藩士が愛していたものとは...?

 

皆さま、こんにちは!道場長の坂本です。

 

 

本当に毎日、寒い日が続きますね。

 

 

 

 

ここ鹿児島でも雪がドンと積もる!

 

 

とまでは行きませんが、最低気温が氷点下まで下がるなど

 

 

例年に比べて厳しい寒さが続いています。

 

 

 

 

ただ、鹿児島では今年に入り、寒さを吹き飛ばすぐらい

 

 

熱い話題で盛り上がっているんです。

 

 

 

 

それは「西郷(せご)どん」!

 

 

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ご存じ、1月から始まったNHKの大河ドラマ!

 

 

 

西郷隆盛にスポットライトを当て、その生涯をドラマ化した「西郷どん」は

 

 

地元鹿児島で、なんと初回視聴率34.9%を記録しました♪

 

 

 

 

社内でも「観た?」「うん、あの場面感動したよね~」といったような

 

 

ドラマにまつわる会話があちらこちらで聞こえてきます。

 

 

 

 

実は、私たちが働く職場のすぐ近くに

 

 

西郷隆盛や大久保利通といった薩摩の維新志士たちが

 

 

生まれ育った場所があるんですよ!

 

 

 

 

今年は、明治維新150年という記念すべき年でもありますので

 

 

その時代に思いを馳せる機会も多いのですが

 

 

 

「会社のそばを西郷さんや大久保さんもきっと歩いていたんだろうな~」

 

 

 

と想像すると、幕末の維新志士たちも一気に身近な存在に感じます。

 

 

 

 

江戸時代の薩摩と健康家族をつなぐものは、他にもあるんです!!

 

 

 

 

それは、当社のロングセラー商品である

 

 

<伝統にんにく卵黄>に関連が!

 

 

 

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“にんにく卵黄”と江戸時代の薩摩がどう関連あるの??」

 

 

 

と思われるかもしれません。

 

 

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“にんにく卵黄”というのは、古くから南九州に伝わる滋養食として

 

 

各家庭でつくられてきました。

 

 

 

薩摩では、江戸時代の日本としては珍しく、豚などの肉を食していたとか。

 

 

 

そうした肉に合うため、にんにくも食されていたようなのです!

 

 

 

 

その証拠に、江戸時代の薩摩藩主

 

 

島津重豪(しまづしげひで)の命によって

 

 

編纂された農書「成形図説」の中でもにんにくは紹介されています。

 

 

 

 

そのように、当時としては珍しいにんにくが根付いていた環境だったからこそ

 

 

“にんにく卵黄”が薩摩の国で生まれたことは

 

 

当然の結果だったかもしれません。

 

 

 

 

また、鹿児島の歴史に詳しい大学教授から

 

 

 

「参勤交代の際、薩摩藩士たちはおよそ2ヵ月もかけて

 

1,600kmもある江戸まで歩き続けました。

 

そんな強靭な肉体の裏には、“にんにく卵黄”の力が


欠かせなかったはずです! 

 

 

 

という話を伺ったこともあります。

 

 

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参勤交代に向かう武士たちの携行食としても

 

 

活用されていた“にんにく卵黄”

 

 

西郷さんを始めとする維新志士たちも、きっと口にしていたことでしょう。

 

 

 

 

そう考えてみると、“にんにく卵黄”パワーが明治維新につながり

 


現在の日本の礎を築きあげたといっても、過言ではないかもしれません。

 

 


 

 

歴史の裏には、“にんにく卵黄”の存在が…!!

 

 

私たちの<伝統にんにく卵黄>も、未来の日本人から

 

 

 

<伝統にんにく卵黄>があったからこそ

 

私たちが、こうしていられるんだよね」

 

 

 

と言われるような存在になりたいと思います!

自社農場ゼロからの軌跡。
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